師走も2日目が過ぎている今日、計画的な方はもう大掃除は終わっているのでしょう。私も11月には掃除を開始すべき、なんていう記事をここに数記事書きました。で、その結果ですが、全然終わっていません。
理由ですか?地道にやっていなかったからですね。大好きな言い訳をさせてもらいますと、愛犬パピがお掃除をとてもいやがり邪魔をするからです。さらに、ぱぴの介護のために、くしゃみをしただけで、背骨に響く痛みが出るくらいの腰痛があるので、無理ができないからです。
それと、やっぱりそんなに捨てられないからです。
今月、あと1回しか収集に来ない「燃やせないゴミ」だけは忘れずに捨てたいのです。けれども、ミニマリストなんていうのには、私はなれないしならなくてもいいと感じている理由をお話しします。
変装用具は捨てると夢がなくなる
若い女性のミニマリストさんのブログを読んだことがあるのですが、その方ナップサック一つくらいに自分の持ち物をまとめてしまったということでした。だから、どこにでもすぐに簡単に出かけられると書いてありました。
確かライターさんかブロガーさんだったと思います。要するに自分で仕事をしている女性。同業者さんなのですね。
私も荷物をそのくらいにまとめておけるなんて、ちょっとうらやましくなります。というか、憧れていた時がありました。
そして、やはりその時は私も若かったです。少ない荷物で、そして安っぽい布で作られた服を着て歩いていても輝いていられる自信がありました。若さってそういう面があるのですよね。
でも、今の私には変装道具がある程度ないと幸せではないのです。というか、もっとはっきり言いますと、健康で心地よくいられなくなるのです。
たとえば……、
・肌に塗るクリームがなければ乾燥して、痒くてかきまくり皮膚科のお世話になる
・白髪を隠すマスカラタイプなどの白髪隠しグッズがないと急なお出かけの時は悲惨
・ランジェリーはそれなりの数は必要……ではないですか?女性の場合(笑)
・カーラー、スプレー、トリートメント、ブラシ、ドライヤーなどのヘアケア用品はマスト
・化粧品もそれなりに必要。年齢と共に似合う色が変わったりするし、ある程度の量は必要
・基礎化粧品もある程度のものを揃えておかないと、乾燥してメイクが全然のらなくなる
このような状態になると、生きにくくなります。もうオシャレ云々ではなくて、健康維持のためにこのくらいの変装グッズは用意しておかないと生きていくのが辛くなる感じです。そして、これらのグッズだけでもナップサック1個なんて満杯になってしまいます。
はー……。年を取るって大変だなーっwww
もう、50歳になると、変装グッズは変装グッズではなくて、メンテナンスグッズといってよいでしょう。でも、メンテナンスをして、疲れた顔をした自分を少し元気に見えるようにしてあげないと夢も見られません。変装グッズは大切なんです。これは断捨離はできません。
別にいいんじゃいのかな~。しなくたって。睦美氏は充分、持ち物少ないと思うよ。w
ワイもそう思う。もっと化けて2回目の結婚でもしたらいい。www変装グッズにはお金かけてよーし!ミニマリストなんてだめ。おばはんには向いてない。www
趣味の道具を捨てると自分らしくいられない
私はわりと趣味があるほうです。ちょっとした時間があれば、趣味を楽しむんでいます。そういう趣味を楽しむ時間があって、穏やかな気持ちが維持できるというとても大切なものです。
だけど、ちょっとした時間に趣味を楽しむには、そのために必要な物は手の届く範囲になければいけません。それで、わりと、身の回りは散らかっていたりするのです。
理由は少し時間があったら、絵を描いたり、ちょっと読みたいと思っている物を読んだり、見たいと思っていた動画を見たりしたいからです。
このちょっとした時間がとても大切なのです。自分らしくいられるために。我を忘れて取り組まないといけないような時もあると思いますが、その状態が続きすぎると自分がどんどん擦り切れていくのです。
ワイに当たらないでね。wwwワイ、ここのアイドルなんだから!
アイドルはぱぴだよ!
文章を書く仕事とか絵を描く仕事とか、いわゆる何かをゼロから作っていくクリエイティブな仕事の人は、完成品に自分のその時の心境が反映されてしまいやすいのです。暗い気分をしていると、暗い物が完成する確率が高くなります。
趣味の道具は必要です。それが、直接お金を産むことがないただの趣味であっても、それに必要な物は捨ててはいけないと思います。
私のライフサイクルが今は物を捨てる時期ではないと感じるから
人生には捨てる物がたくさんある時とない時がある気がします。それはある意味、変化を意味するのかもしれませんけれど。普通に生活していても変化する時が来るのですよね。
5年では変わらないかもしれない。10年でも変わらないかもしれない。でも、15年経てば何かが変わりだすかもしれない。15年というのは変化し始める時間の長さかもしれません。
そして20年経てば、気が付けば変わっていることがたくさんあっても不思議ではありません。縁起でもないかもしれませんが、自分の周囲にもこの世から旅立つ人も出てくるはずです。
そうではないですか?自分の周囲はほとんど変わらなくても、自分の相方とか、親友には変化が起きたりしていませんか?それによって、自分も変化したりしませんか?
みんなが変わらないってことはないんだよね。
そして、楽しければ楽しいほど、充実していれば充実しているほど、じかんはあっという間に過ぎていくからね~。
実際、私にも何度が大きなライフサイクルの変化がありました。私の場合は、5年前の離婚が大きいでしょう。たくさんの物を処分しました。軽トラック3台分以上の物を処分しました。
処分した時は悲しかったです。しかし、処分してしばらくしてから、「何を捨てたのかも思い出せなかったりする」なんて思ったりもしました。そう考えると、確かに無駄もあるのです。あったのです。
しかし、今でも夢にまで出てくる「あれは捨てなければよかった」という物も実はあります。
ただ、それがなければ生活できないか、というと、そんなことは全くないのです。はっきり言って、いつか処分する日はくるでしょう。
つまり、「執着」というものなのでしょう。
修業が足りんわ!写経でもしてこい!
そして、私の場合、大きな変化が続き、この5年でもたくさんの物を捨てました。それでも、まだ処分したい物はあるのです。
けれど、今、急がなくてもいいかな、なんて思ったりしています。徐々に処分していきましょう。これからの生活に必要がないものは、やはりないほうがよいのですから。
強引なまとめ
このようなわけで、私は今はもう少し捨てたいのですが、捨てられない時期のようです。
50歳の私が元気に動き回れる時には動きたいと思っています。どこにでも行きたいと思っています。札幌にもこだわりません。けれど、今はあまり捨てられない時期です。
人生には色々な状況があります。今、私には病気を抱えた愛犬ぱぴがいます。このワンコをできるだけ幸せに最後まで生きさせてあげたいですから、この愛犬がいる間は1人と1匹でべったり過ごします。何年も残っていないでしょうからね。
リアル睦美ひとり占め♪えへへ♪
その後は、状況が許せばおばさんノマド族をしたいのです。しばらく家にいてこたつ記事を書いてきたので、ちょっと外に出たいのです。状況が許せば、ということになるでしょうけれど。
私はずっとクリエイティブでありたいですから。ただし、親の介護の時期と重なってしまうかもしれませんけれどね。
というわけで、身軽にしておきたいとは思っているのですが、今の自分をキープするために、それが必要ではない人もいるのではないかと思います。多分、私はそんなひとりでしょう。
最後までお読みいただき、どうもありがとうございました。