国際女性デーにちなんで!2018年現在アラフィフばついち女性の本音
世界女性の日にはそれに関連するハッシュタグ付きの投稿をTwitterではかなり見かけました。
50歳を過ぎてひとりで生きている私にとって、女性の日というのはやや人ごとのような気はしていたものの、時々目が留まるつぶやきがありました。
それで、私も50歳の時点での視点で、「女性の生き方」について思っていることを文字にしたいと感じました。
しかし、テーマを狭く絞っていないまま書き始めたせいで、とても長い記事になりました。
ただ、51歳になろうとしている、ごく普通のばついちの女性の心境を書いておいてもよいかも……と感じたのです。
こういう話題はなぜかわりと人気があります。
ですから、この記事だけではなく今後も視点を変えて、もっと小さいことに焦点を当てて書いていくと思います。
今回は、女性の幸せについて、色々な方向から書いていきます。
8,500文字にも及びますので、眠れなくて困っている夜に読んでいただくとよいかもしれません。
この記事は2ページあります。
女の子は女の子らしくなければいけないと言われて育った
多くの女性は「女の子は女の子らしくしないといけない」といわれて育ったのではないでしょうか。
そして、「男の子は男の子らしくしなさい」とか「男の子だから転んだくらいでいちいち泣くんじゃない!」とか「男の子は人前で泣くんじゃない!」とか言われて育った人が多いようですね。
子供のころは女の子は男の子より楽だった気がする
それを聞くと、子供のころは男の子のほうが大変だったような気がします。
転んだくらいで泣くんじゃないと言われても、神経が一本足りないとか、よっぽど感性が鈍くなければ、普通はどう考えても痛いでしょう。
それなのに人前で泣くな!なんていわれるのはかわいそう……と子供のころは思っていました。
実際に私たちが子供のころは男の子はあまり泣かなかった気がします。
転んでも泣きそうな顔でも歯を食いしばって泣くのをこらえていた男の子の顔が記憶に残っていたりします。
幼稚園の時の懐かしい思い出
私は一緒に遊んでいた男の子と2階建てのアパートの外階段から転げ落ちたことがありました。
落下直後に、私はすぐに向こう三軒両隣には確実に聞こえるくらい大きな声で泣いた記憶があります。
しかし、一緒の男の子は歯を食いしばっていました。
その時の表情を何となく覚えています。
一緒にできる限りの大きな声で泣いてくれたほうがはやく大人に気が付いてもらえそうなんですけれどね。
そして、自分も痛いはずなのに、「むっちゃん大丈夫かい?今、誰か呼んできてあげるからね」と言ってくれた記憶があります。
でも、慰められると私はさらに「ぎゃ~~~!」とか「ぎ~~~~!」とか、超ヒステリックに、その町内に聞こえるような大声で泣いた気がします。
大声で泣くのって、最高に気持ち良いですもんね。
ちなみに、この事件に関しては母も覚えているので、今度また聞いてみようと思います。
でも、そう思うと、子供のころは絶対に女の子のほうがいいと思ってしまいます。
しかし、最近、ビービー泣く甘ちゃん男のコ多いようですね。
それはそれで、私は苦手です。
でも、子供のころから男の子はこうであれ、女の子はこうでなくてはいけないと言われて育たなければ、あまり男女差はないのでしょうか?
それとも、やはり性ホルモンの量の違いが自然と男性は男性らしく、女性は女性らしくするのでしょうか?
どうなんでしょう?
そういうお話しは、そういう分野を専門に研究にしている方にお任せしましょう。
女の子は勉強はできる必要がない
「女の子は頭が少し悪いくらいでかわいい」と子供のころは言われて育ちました。
よって、子供のことは勉強を強要されることはなかった気がします。
男の人よりお頭が良い女の子は貰い手がなくなるので、ちょっとバカで上等という風潮がありました。
そして、世の中の男の人も半分はアホなので、女の子は勉強はあまりいりませんというような言葉をよく聞いていました。
うちは上流階級などではない、庶民でしたからね。
ただし、世の中は変化していきます。
私が中学生くらいになるころからは女の子も仕事を持つ人が増えるといわれ始めた気がします。
親世代も少しずつ考え方が変化していました。
ワイドショーなどの見過ぎでしょうか?
高校に入るころには「これからは女性も手に職」といい始めた気がします。
ただし、私自身はフルタイムの職業を持つことに全然興味を持っていませんでした。
仕事というものに興味はなかったのです。
それよりも、主婦として子育てをしながら、翻訳者とか物書きとか家でできる仕事をしたいというのが若い時の私の夢でした。
でも、中学生くらいのことから何かプロフェッショナルな仕事はしていたいという気持ちは持っていたようです。
物書きになりたいという漠然とした夢は、実は子供のころから持っていたのです。
そういう面では、私の夢は叶っているのかもしれませんね。
女の子はいつも笑顔でいなければいけない
一家の主婦が明るいと、その家は明るい家になるから、常に笑顔でいなさいと言われて育っています。
これは結構厳しく言われて育っています。
ですから、子供のころの私は、余計なことをはっきりという性格ではあったけれど、わりといつもニコニコのかわいい女の子でした。
そして、私自身、学校から帰った時に母の「お帰り」という声がない日はものすごく寂しいと感じたことをはっきりと思えています。
「ただいま~」と家に帰って、返事が何もなかったあの瞬間の静けさは今でも覚えています。
私の子供のころは、まだまだパートに出ている主婦とか多くなかったですから、母親は専業主婦が多かったと思います。
だから、私は将来、にこやかな明るいお母さんになるためにも、やはり笑顔がかわいい女性でいたいと思っていた時代が確かにありました。
それが、大人になるにしたがって、だんだんと不愛想になってしまいました。
必要以上に笑顔をふりまかない、難しいおばさんになってしまいました。
そのせいか、子供のころの私を知っている人には「むっちゃんは子供のころの面影が全然残っていないね」と言われます。
でも、私はこの変化が気に入っています。
好きでもない男性の前でニコニコしていて誤解されたくありませんから、これでいいのです。
50歳になってそれはないでしょって?50歳だからこそ、ありなんです。
もう、不自然な女らしさをアピールする必要はなくなったからです。
といっても、自然に出る女性らしさを隠そうともしていませんけれど。
だって、性別が変わったわけではないですから。
ただ、本音を言わせてもらうと、私はやはり女の人、つまりお母さんがいつもコロコロ笑っている、明るい家庭というものに、ものすごくあこがれを持っていました。
そうなりたいと思っていました。
しかしながら、今生では手に入れられなかったものとなってしまいました。
私はフルタイムで外で仕事をすることに関しては、全く興味を持っていない少女時代、そして思春期を過ごしました。
友人の中には高校生に入ってすぐに看護の道を目指し、それをかなえた人もいます。
私たちが教育を受けていた時代、看護師を目指していた女子が、最もプロフェッショナルとして生涯働こうという意思が強かった女子だったかもしれません。
女性は玄関とトイレと台所はきれいにしていなければいけない
「玄関とトイレと台所はいつもきれいにしていなさい」と子供のころから言われて育ちましたが、あなたはどうでしょうか?
私はこれは反対しません!というか大賛成です!
というか、お部屋の他の部分が汚れていても、玄関、トイレ、台所はきれいにしておくべきだと思います。
理由ですか?運がよくなるからです。これは実感しています。
私の場合、トイレ掃除をすごくきれいにしていると、崩れていた体調が著しく改善したことがあります。
つまり……、とても恥ずかしいお話しですが、まめにトイレ掃除をしていない時期がありました。
ちなみに、このように言われて育った男子は同世代ではいないのではないでしょうか?
でも、この3つの場所は清潔にすると、運がよくなる気はします。はい。
だから、これはしたほうがいいと思います。
特にトイレ掃除は大きな効果があるような気がしますよ。
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適齢期に自分が本当に好きになる人に会うのは難しいかもしれない
適齢期という言葉、おもしろい言葉ですよね。
結婚をするのに向いている年齢ということを意味するのが不思議ですね。
そして、あなたにとって、結婚のための適齢期とは何歳ですか?
そんなこと、女性の日に考えたくないですか?
「50代女性が結婚するなら結婚式したい?服装はどうしたい? | フロム50」ドレスは着たいっしょ、何回でも、何歳でもwww
私は28歳くらいから35歳くらいまでは適齢期だと感じていました。
この適齢期というのは女性の場合は出産可能な年齢でかつ、結婚の準備ができた年齢のことを言うと思います。
そして、今、私が思う結婚適齢期は25歳くらいから40歳くらいだと思っています。
子供がいらないのであれば、適齢期はないと考えています。
つまり、今、私も立場的には適齢期であると思っています。
ただし、積極的に結婚をしたいと思っているわけでもありません。
そして、私が結婚したい、この人の子供なら産みたいと感じたのは25歳の時でした。
結婚の話しもちらっと出始めていたのですが、お互いに夢があり、叶いませんでした。
そして、この人の子供を産みたいと感じたのは、それが最後でした。
つまり、私が心の底から好きなり、この人の子供がほしいと感じたのは25歳前後の時だけだったということになります。
いわゆる世間一般的には適齢期ではあったのかもしれませんね。
しかし、私の当時の状況では適齢期ではなかったのです。
でも、この人がもっと後に現れてくれたら、私の人生ももっと違ったのかもしれませんね。
その後、付き合う人が現れても、そして付き合っているからといって、更に結婚しているからと言って、好きだとは限らないですから。
私自身、それ以降、数人とお付き合いしました。
故元夫とも出会いました。
けれど、同じような気持ちにはなれませんでした。
何かが違いました。
残酷な現実、という感じでしょうか。
純粋に好きになるのは打算がない時だけ?
あなたは結婚する相手の条件はいくつありますか?
相手の年齢は?学歴は?身長は?体重は?顔は?結婚までのタイムリミットは?子供は?将来的に親との同居は?譲れないことは?
そして、それらの条件にぴったりと合う人はいると思いますか?
51歳になる私には正直な条件をいうと、それに合う人は99.9%いないでしょう。
でも、もし、その条件にぴったりと合う人が現れたとしても、その人に全然興味を持てないということもあるのでしょうね。
興味は持てなくても条件はぴったりなのだから、根本的には会うはずだと思って一緒にやっていくというのも間違ってもいない気もします。合理的ですね。
合わないと最初は思っても、コンピューターで見つけた相手は、実はなかなかぴったりだったりするのかもしれません。
知らんケド。
価値観は皆変化する
よくわかりませんが、人間は根本的な部分はあまり変わらないかもしれません。
しかし、長いスパンでみると、少しずつ変化しているほうが自然ではないでしょうか。
変わろうと思って変わる場合もあるでしょうけれど、社会の変化に合わせて、自然に変わる場合もあるでしょう。
また周囲にいる人の影響を受けて変わる場合もあるのではないでしょうか。
あなたは20年前くらいの自分と今の自分を比べてみて、変化していないと言えるでしょうか?
変化していないと言いきれるなら、あなたは相当頑固な人ではないでしょうか。
あるいは本当に誰かを好きになったことがない人かもしれませんね。
私の場合、割と大きく変化していないとずっと思っていました。
けれど、最近、大きく変わったことがあると気が付いています。
それは生き甲斐に関することです。
昔は思ったことがなかったことなのですが、今は結構強く思っていることがあります。
どういうことかといいますと、生きているうちはたとえ少しであっても自分で稼ぎたいということです。
暖かい家庭が作ることに価値を感じていた私にとって、仕事はそんなに大切に感じるものではなかったのです。
それが、今は仕事がそれなりにいとおしかったりします。
生きるために仕事をしなければいけなくなったから、ということも大きいですが、私は元々物書きになりたかったのです。
子供のころから、学校の授業で一番好きだったのは作文の時間でした。
だから、死の直前まで、書くことで少しでもお金をもらえるならばウレシイかな……と思ったりもします。
それがブログからの報酬でもとてもウレシイです。
ただし、書いていく場所や方法は変わっていくのかもしれませんけれどね。
相手の変化を感じ取り確認することも必要かも
このように、価値観は変化していくことは不思議ではないことです。
自分も変化します。
そして、自分の周囲にいる人も価値観も変化している可能性が高いです。
一緒にやっていきたい人がいるならば、相手の価値観も変化しているかもしれないと思ったほうがよいでしょう。
だから、お互いに確かめ合わないと、気が付いたら、相手が全然知らない人になっている可能性があります。
大切な人ならば、目を向けてあげ、聞いてあげなくてはいけないのでしょうね、きっと。多分……。
とりかえしのつかないこともあるから
ばついちの私、既に元夫は他界しています。
離婚してから彼は他界したので、死の原因は正確にはわかりません。知る術もありません。
ただ、病気がちになっていて、しばらく入院していたとは聞いていました。
その情報は火災保険の担当の人から電話をもらって知ることになりました。
離婚に至るまでには、お互いに伝えたかったことをうまく伝えられなかったとか、理解できなかったとか、辛抱できなかったとか、そういうこともあったと思います。
でも、私としては頑張れるだけ頑張ったかな……と思っています。
伝わらないことが多くて疲れました。なんでこんなに伝わらないんだろう……と思って過ごしていた時代もありました。
2人でいる孤独を存分に味わいました。あの孤独よりは、今のひとりと一匹の生活のほうが孤独ではないのです。
といっても、その一匹ももう15歳ですから、そんなに長くは一緒にいてくれないのでしょうけれど……。
でも、離婚に至ったのは仕方がないと思っています。
現在、日本でも3組に1組は離婚をする時代です。
女性の生き方も変わってきました。
お互いに伝えたかったことをうまく伝えられなかったとか、理解できなかったとか、辛抱できなかったとか、そういうことはあったと思います。
それの確認ややりなおしということはできない、それが人生の一面でもあります……。
ただ、確認したいという気持ちが大きいのです。
相手のあの時の心境、本音を知りたかったというのがあります。
それを聞いたからといって、それからまた一緒にやり直したいとも思っているわけでもないのですよね。
相手が憎しみの気持ちを持っているのかもしれないということも覚悟しています。
それでも、ただ解けない方程式の答えを知りたい、という感じなのです。
「解なし」だったのでしょうか?
解なしなら解なしと知りたいという気持ちが残っています。
でも、相手が死んでしまっていはもう確認のしようもありません。
男女のカップルというのは、相手が死んでいなくてもそういうものかもしれませんけれどね。
籍が入っているうちは家族。除籍した瞬間他人……。嫁という立場が一瞬で消えます。
そして、相手だけではなく、相手の家族とも他人になるのが離婚というものですが、不思議な関係ですね。
私が50年の人生で言われて最もうれしかった言葉はアメリカ人の元彼に言われた言葉
あなたがそれまでの人生の中で、言われて最もうれしかった言葉というのはどんな言葉でしょうか?
その言葉をかけてくれた人は誰ですか?今でもお付き合いがありますか?
その言葉はあなたにどんな影響を与えましたか?そして、あなたは同じくらいステキな言葉をその人にかけましたか?
私が一番心に残っている言葉はアメリカ人の元カレからかけてもらった言葉です。
もう20年以上前の言葉なのですが、この言葉以上の言葉はまだいただけていません。
それをご紹介しますね。自慢させていただきます。
「君はひとりでアメリカに来て、大学で経済学を勉強をして卒業をできるだけの力もある。
一人でアーカンソー州からカリフォルニア州に運転してきて引っ越すだけの行動力もある。
それなのに、なぜ、将来の夢がそんなにないの?なさすぎるよ。
なんで?
多分、日本の教育や社会の制度に問題があると思う。
食事の準備とか家事なんて、はっきりいって僕だってできるよ。
日本食は作れないけれど、勉強したら作れるようにあると思うよ。
だから、そんなことに君は価値を見出さないでほしい。
もっと夢を持ってほしい。」
こんな感じの言葉でした。ひょっとしたらこれが生涯で最高の言葉になるのでしょうか。
今まで、私が人に言われた言葉で、これほど印象的でウレシイ言葉はありません。
私は特に外国人が好きなわけではないのです。
けれど、私と同じくらいの年代の日本人の男性でこういうことを言ってくれる人はいませんでした。
ひょっとしたら生涯で最高の言葉になるのでしょうか。
今の若い男性は、時代の流れもあり、夫婦共稼ぎを望む人が多いようですね。
しかし、私が結婚適齢期であったころは、そういう男性は少なかったです。
ちなみに、故元夫も、私がパートに出ようかと話題に出すと、一切返事を返さない人でした。
頑張って生きて、これを超える言葉を残る人生のうちで聞いてみたい気もします。
聞きたいから、先にこちらから言ってくれそうな人に言うようにしましょうか。
自分も、誰かの記憶に残るような素敵な言葉をいえるようになりたい気はします。
そう思う半面、もう、あまり誰かにとって重要な人物になりたくない気もしたりします。
ひとりで、静かに、あまり人に気づかれないように生きていく感じもそれはそれでいいかも……と思ったりもします。
実はこの気持ちは好ましくない傾向と思います。それについて、これからお話しします。
叶えることができないことができた年齢になったからこそわがままに生きるべき
私の場合、暖かい家庭を持つのが一番の夢だったような気がしますが、それとは違う人生を歩むことになりそうです。
多くの人が普通に持っている物を持てなかった自分は、どこにいても全然しっくりこないという感じはあります。
普通の幸せには縁がなかったのかもしれません。
ただ、子供のころからの育てられ方で作らた自分と、自分が気が付いていない素の自分は違うのかもしれませんけれど。
そして、同じような心境で過ごしている方も少なくないと思います。
ひとりで生きていく人はどんどん増えるでしょう。
3組に1組は離婚をする時代だと言いますし。
更には、一度も結婚をしないでシニアになっていく女性も増えていくのかもしれません。
でも、生涯ひとりというのはやはりマジョリティーには属さない生き方かもしれません。
それがコンプレックスになって、小さくなって生きていこうとする人もいるでしょう。
これが、上の欄で書いた好ましくない傾向です。
その傾向は私にもあるということです。
しかし、普通の人が当たり前のように持っている物がないならば、逆にわがままに生きてもいいと思います。
そうでもしないと、かわいそうですから。
うらやましがられない立場だからこそ、迷惑をかけない範囲で、ちょっとわがままをいわせてもらってもいいんじゃないでしょうか。
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あとがき
2018年3月、私は51歳になります。誕生日は公開しない主義です。
国際女性デーという日にこの記事を書き始めてたのですが、3日がかりで書き上げることになりました。
アメリカで生活していたこともあり、アメリカンなイズされている部分と、日本人的な部分の両方を持っていると自分で思っている私が、50歳の時の心境を語ってみました。
これを10年後読んでみた気がします。
どんなふうに変わっているのでしょうか。
アラフィフくらいからの女性は人に言えない悩みが多くなるかもしれません。
立場、プライドなどが邪魔をし、ほとんどのことは人前では言えないかもしれません。
きっと言えないことだらけだと思います。
でも、そういう思いを抱えているのは自分だけではないでしょう。
だから、意識して快適にやっていきたいものですね。
女性が快適に生きられるなら、きっと男性もより幸せになれると思います。
ちょっと意識しただけで幸せになれる人が増えていくのではないかと感じています。
いかがでしたか?8,500文字も超える記事を最後までお読みいただき、どうもありがとうございます。