2019年3月7日、ぱぴ急変!突然肺水腫で急な旅立ちへ
突然ですが、今、私の横には冷たくなったぱぴがいます。
実はこのひとつまえのブログが投稿された時、ぱぴは既に旅立ったばかりの時でした。
ひとつまえのブログは3月7日20時30分に予約投稿されたものでした。
いきなりでした。
今まで聞いたことのないすごく浅くて、速い間隔の咳が止まらなくなりました。
ちょっと止まったと思っても、また咳込むのです。
ぱぴは心臓が悪いから、時々咳をすることはあったのですが、その咳とは全然違う咳でした。
しかも、なかなか咳が止まらず、立っていられなくなって、腰を落としたりしました。
これが、肺水腫の症状だそうです。
その時、17時50分過ぎでした。
ぱぴは昨日、慢性腎不全と目の治療のため、病院に行ったばかりでした。
で、今日は昨日に続き、私は公休だったので、ゆっくりとしていました。
だから、ぱぴの急変に気が付き、すぐに対処できてよかったです。
ひとりで旅立たせたくないと、そればかり思って、ここ数か月過ごしてきましたからね。
いつも、帰宅して、戸を開けるのが怖かったです。
元気に迎えてくれなかったらどうしようと、びくびくして戸を開ける毎日でした。
それが、もう終わってしまったんですね……。
突然でした。
いつも行っている病院がまだ診察をしている時間に急変してくれてよかったです。
私、いつも利用させてもらっているタクシーを予約しようと電話を入れたら、10分待ちということで、そんなに待っていられないと思って、ぱぴを抱いて速足で家を飛び出しました。
それに、タクシーの中で下痢とか嘔吐とかしたら最悪だと思ったので、タクシーには乗せたくなかったのです。
だから、ぱぴを抱いて、速足で歩いて連れていくことにしました。
速足で行けば、20分から25分くらいで着きます。
だから、歩いていきました。
でも、抱いてい歩いている間、ぱぴの様子がだんだん怪しくなっていたのは気が付いていました。
首をガクッと落としはじめたので、頭をポンポンと叩いて、声をかけたら、ふっと意識を取り戻していた感じでした。
そんな感じが2回くらいありました。
そうしているうちに病院に到着。
すぐに診察をしてもらえました。
そしたら、なんと、もう心臓が一度止まった後だったということです。
とりあえず、緊急の処置で心臓の動きは取り戻していました。
私はずっと処置を見せてもらえました。
ここでは簡単に書いておきますが、ぱぴは心臓はその後2度止まり、私は積極的な治療をしてもらいました。
苦しそうには見えなかったからです。
でも、先生がこの後の治療方法と見通しについて話してくださった時、その中の選択のひとつに、家の中で最期を迎えさせてあげるかというのが含まれていたので、それにしました。
しかも、家に着くまで持たないかもしれないとも言われました。
だから、小さい子供がいて忙しいのはわかっているけれど、私の妹に迎えに来てもらいました。
妹の車ならば、車の中で息を落としても対処しやすいと思ったからです。
そして、家に連れてきました。
家に連れてくる時は心臓はそれまでの延命治療でわずかに機械的に動いているけれど、体に血液を送るくらいの力はないとかおっしゃっていました。
だから、私が支払いをしている時、車の中で毛布にくるんだぱぴを抱いていた妹は、ぱぴはまだ生きていた感じだったと言っていました。
その後、私の腕の中では意識はない感じでした。
夜の車の中ですから、ぱぴの様子ははっきり見えません。
ただ、毛布越しに、残っていたぱぴの暖かさがまだ伝わってきていました。
そして、家に着いて、買ったばかりでほんの数時間しか使えなかったぱぴのベッドの上に寝せました。
ぱぴの生と死の境目はわかりませんでした。
動かなくなったぱぴを見ながら、体を拭いたり、伸びすぎた毛は切ってあげたり、耳の中をキレイにしたり、お手入れをしました。
少しでも、キレイな体で火葬出来るように。
なんだか、今にも起きてきそうですよ。
起きそうだけど、私がステーキを焼いている時に、騒ぎださなかったので、ぱぴはやっぱり死んじゃったんだと認識できました。
病院に行く前は、自分でしっかりとおチッコもウン〇も出来たんですよ。
心臓病からくる肺水腫で命を落とすなんて……。
ちなみに、今日の検査では少し尿素窒素の数値は改善していたそうですよ。
でも、今、これを書いている時は死後硬直していて、かなり固いです。
私は明日(8日)は仕事。
ぱぴは寒い玄関に更にペットボトルに水を入れた物をタオルで巻いて、そばに置いて仕事に行きます。
荼毘に付すのは9日になるでしょう。
もう少し、ぱぴと一緒に過ごしたかったです。
貴重で幸せでありがたい時間でした。
愛媛のブリーダーさんの所から私の所まで、たった一匹で千歳空港まで来てくれて、ありがとう。
ぱぴに触れられない寂しさはこれから少しずつ感じていくことになるんでしょうね。
いや、今でも十分に寂しいですよ。
ペットがいない生活……。
こんな生活にこれから慣れていかないといけないなんて、ちょっと信じられない気もしたりします。
あれだけ覚悟していたのに。
この記事はまとまっていないけれど、冷たくなったぱぴを時々触りながら書きました。
冷たさを感じることで、ぱぴが旅立ったことを認識しようとしているのかもしれませんね。
でも、肉球だけは冷たいけれど、ぷにぷにさを残しているんですよ。
それでも、私は明日は仕事にいかなければなりません。
休みたいですが、行きます。
明後日はまた公休ですから。
ひとつの区切りを突然迎えることになってしまった3月7日。
ほんの数時間前までこんな急変を迎えるなんて、全く予期をしていませんでした。
いつか私が虹の橋のたもとに行くその日まで、虹の橋のたもとで私を待っていてね。
そして、一緒に虹の橋を渡ろうね。
またね